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4月自作/ 課題:桜 『長崎より出でてばーじにあに立つ』

2011.04.07 22:20|小説 『課題作品』
ローザと出会ったのは俺がまだ20歳の時だ。
長崎の商館で彼女はまだ14歳の小娘で、その少女の一家は新大陸からの来訪者だった。

俺は商館に出入りする商人の息子で、世間では8代将軍の徳川なにがしさんが
享保の改革を推し進め、その恩恵でウチの仕事の洋書輸入が活発になってきた。
そんな中、ながらく家同士でお付き合いしていたのがローザ家だ。ローザの父親は
宣教師だったが、貿易商として入国していた。ウチの曾爺さんは半世紀以上も前に
ローザ家の船に乗り込み、彼女の家の庭に日本の桜の木を植えてからの付き合い
らしい。もう亡くなっているので真偽のほどは定かではないけれど、ローザに
よれば確かに桜の木はあるらしい。


俺は、14歳にして5ヶ国語を話すローザに夢中になった。もちろん容姿も含めて。
5尺に満たない背丈。淡い金色の長い髪。夏の木漏れ日のようなキラキラした瞳、
細く長いそれでいて力強い脚、白粉を塗った女性よりもさら白く絹のように滑らかな肌。

ある日ローザが床に広げた大きな布には、繊細で質感のある絵が描かれていた。
高い山々が描かれていたり、どこまでも続く砂の大地や、青い海、その上に
散らばる小さな島々…それは、この世界の地図だという。
「私が住んでるのはね、ここ」
彼女は地図の中心にデンと据えられた大きな大陸の、右端の海に近い場所を指す。
「ふうむ」俺はわかったようなわからないような返事をして
「では、この長崎はどこで、この日の本の国はどこなのだ」
「朗馬の国はね…ここ」
それはまぁ、なんと儚げな、大海の波打ち際でひっそり泳ぐ小魚のような土地だ。
「…ま、まことか」
長崎はこんなに小さく、世界はこんなに大きいのか。
「遠いな…」ぽつりとつぶやく俺の言葉を拾い、
「私のお家から朗馬の国まで、2年以上かかったもの」
平然と恐ろしい事を言うローザ。世界とはなんと広いのだ。
長崎から堺までの船旅しか経験のない俺は、その約100倍もの長い時間を船の
中で過ごさなければならない過酷な工程を想像し身震いした

「私ね、この国では長崎が一番好き。素直で、清廉で、でもちゃんと芯があって。
その中でも朗馬は飛び抜けて特別だよ。あなたは私史上一番の人」
冬の終わりの日、わずか14歳の娘っ子にそんな告白をされて、俺は舞い上がる
よりも来月に迫ったローザ家の帰国の後の喪失感を想像してしまい、まさか自分
の中でこれほどローザの存在が大きくなっているとは…ほとんど恐怖と言って
いい想いにただ愕然とするばかりだった。

別れの日、俺は港に行く勇気がなく、場末の酒場で飲んだくれていた。
その前日、ローザとは最後の言葉を交わしていた。
「私の航海はこれが最初で最後。もう我侭は言えないわ。ホントは女の子なんて
船に同乗してはいけないの。でも私はあの桜の母国が見たかった。だから言葉を
覚えて役に立つってパパに売り込んだの」そう話すローザの言葉を、俺は霞の
むこうの囁きのように聞いていた。最後なんだ。明日で最後なんだ……
呆ける俺の向かい側で、ローザは突然立ち上がり
「はい!ここでクエスチョン、朗馬」キョトンとする俺
「私がこの世で一番大切にしている言葉は何?」
「な、なに?…愛?」
「ブーーッ 答えはウチの桜の木に彫ってあります。じゃあね朗馬、楽しかったよ」
言うが早いか駆け出して行ったローザを、俺は追えなかった。
追えない自分が情けなかった。

そして今日、遠くで出航の鐘が鳴り、桜の花びらが春風に乗って海の向こうに消えて
いった。
それから10年の歳月が経ったが、あれ以来ローザ家が長崎を訪れることはなかった。


そして30歳になってもまだ俺は独り身だ。
忘れられない想いと言うより忘れたくないのだ。
だったらなぜあの時追いかけなかったのか、自問自答の10年。
そしてついに家を飛び出した。

それから9年の歳月をかけ、あの時見せられた世界地図の記憶だけを頼りに
ようやくアメリカ大陸東海岸に上陸、18世紀はじめのバージニア州に足を
踏み入れた。
そして一冬かけてフレデリックスバーグ中の農園を一軒一軒調べて、やっと
ローザの住む家を見つけた時はもう、日本を出てから10回目の春になっていた。

その丘には確かに、樹齢100年近い桜の木が1本、凛として立っていた。
俺はそっとその木に近づき、愛おしく樹肌を撫でた。ふと、指先に引っかかりを
感じて手をとめよくみると、文字が彫られていた。

「あら、ひさしぶりね」

その時、後ろから懐かしい声がした。大人の女性の声だが、わかる。
だがその挨拶はないだろう?20年ぶりだぞ。大変だったんだぞ。
でもいまは振り向けない。顔がドロドロだし、涙でくしゃくしゃだ。
風呂も2ヶ月くらい入ってないし。少し身なりは整えたかった。
そんな理由で逡巡していると、背中に両手が当てられた。
そしてローザの高い鼻が背中にあたる感触がした。


舞い落ちる桜の花びらがゆっくりと時間を巻き戻しはじめた。




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